撤去工事

かつて、この住居はその所有者にとって、心地よい場所であった。下仁田から小諸方面へ軽井沢町を横断する通りから、追分の国有林に向かって坂を登るそこに、緑に囲まれた静かな一軒家はあった。

目覚めると、小鳥たちの囀りが耳に響く。子どもたちを学校へ送り出した後、近所で働き、夕暮れ時には家族で食事を楽しむ。しかし子どもたちが巣立ちしばらくたつと、若かった時は無関心だったことが、いつしか気になるようになってきた。山での暮らしは少なくない光熱費を必要としていた。そして何よりも、冬の寒さが身に染みる。ついには手放す決断をし、家は解体される日を待つことになった。

その売土地を購入した新たなオーナーは(家はまだ残っていたが、不動産会社の見立てでは価値は無いものとして、土地として売買され買い手がつき次第解体するとされていた)いくらか変わった人間だった。この住居を解体せず、光熱費や冬の寒さに悩まされることの無い賃貸住宅に再生したいという。まだ見たことのないような仕事に積極的に取り組む業者はいなかったが、オーナーが信頼する建設会社が可能性調査のため訪れることになり、社内の若き設計士が指名された。

数週間後に彼女が提案した案は、まるで宇宙から飛来したような異質なアイデアであった。A案は、リビングとダイニングを隔てる壁を取り払い、現代的な広いLDKを作るものだ。きわめて想像しやすく、オーナーが設計者を案内した際に話したのもそのような内容だった。しかしB案は、この建物の2階中央部分を撤去し、吹き抜けを作るものであった。ただでさえ小さな家なのに、費用をかけて面積を減らすそれは、慣れ親しんだ賃貸像を根本的に変えるものであり、その先にある未知の領域への転換を象徴していた。

彼は、通常なら躊躇するだろう案に喜びを感じ、実現しようと決意した。そこには、先進的な視点があり、それが再生可能な未来を切り拓く力となることを信じていた。

かくして、建物はその本質を剥き出しにしていった。外からは空っぽに見えるかもしれないが、そこには再生する可能性を秘めた原型が存在している。

はじめに

こんにちは。

空き家断熱賃貸「作り手たちのアトリエ」計画PMの shiroです。

僕は2016年に東京から佐久市へUターンし、軽井沢で家を建て2018年に引っ越しました。

もともと空き家問題やリノベーションには関心があり、御影用水温水路の近くに見つけた画家のアトリエを改装して自宅にするつもりで取得しました。

当時は木造建物の知識不足で、建築家さんに診てもらいましたが結局新築することとなり、素敵な家具や内装がいろいろあったのでReBuilding Center JAPANさんにお願いして引き取っていただいたあと解体したのです。

自宅を建てるため探究し、断熱沼にはまりました。暮らしてみると今までの建物は何だったのかという快適性に驚き、引き続き建築家さんと一緒に法人のオフィスも建設。エコハウスの要素を非住宅施設に転用し木造高断熱で建設したこの建物は2020年に竣工、その意匠と省エネルギー性能が社会の注目を集め見学や取材が相次ぎました。

そんな中オフィスの近所の戸建賃貸で火災がおき、4人の子どもが亡くなってしまいました。12月の夜寒いためか使っていたストーブから洗濯物に燃え移った出来事でした。自宅やオフィスで注目を集めた断熱は、もう何十年も前からやろうと思えばできたことで特別なことはしていません。断熱が良ければ発生しなかった痛ましい結果ですが、この社会はエネルギーをたくさん使い、健康に悪く危険な建物を放置するどころかまだ作り続けています。

この時感じた強い怒りが起爆装置となり、また同時期にオガールエリアで高性能賃貸を案内していただいた印象もあって、建築家さんからの「軽井沢で賃貸を作りたい」という相談を契機にすぐに計画がスタート。2022年に「サステナブル集合住宅 六花荘」が世にでました。

©UEDA Hiroshi

はじめての不動産事業にどきどきしながらプロジェクトを進めましたが、オガールから学んだテナント先付方式を参考とし、結果的には引渡し前に満室。入居のご希望はたくさんいただいたのにお断りする形となってしまい、またペットに対応していないため諦められた方が多かったのも、子どものころから犬と育ち、保護猫と暮らしている僕としては忸怩たる思いがありました。

このような賃貸住宅はもっと必要とされている、次はペット対応の仕様で提供したい、そう考えましたが六花荘がタイミング的にかろうじて免れた建材価格や工事費用の上昇はすさまじく、賃貸新築なんてできそうにありません。

その時、思いだしたのです。かつて古い建物を改修して自宅を作りたかったことを。当時は住宅の知識経験がなく直せない建物を買ってしまいましたが、繰り返し探究しリスクを負って3回建てた後では木造の耐久性に対する知識、断熱性能の計算ノウハウ、そして自分でできないことも誰を頼ればうまくいくのか経験があります。

いまならできる、そう確信して建物に価値はつかず土地として販売されていた築35年の空き家を取得し、耐震性と断熱性を高める性能向上リノベーションをして「空き家断熱賃貸」を作ります。

このプロジェクトは、ペットに対応しつつ絵、花、服飾、木工など、製作者が気を使わず活動できるようコンクリートやタイルの床、素材そのままの内装にするという建物の特徴に加えて、「ないものは作ればいい」という姿勢や、自分が考える理想の未来を作っていきたいと考え「作り手たちのアトリエ」と名付けました。

空き家断熱賃貸は、以下の課題を同時に解決すると思います。

住む人にとって「光熱費が安く、健康的で安全」
オーナーにとっては「収益が安定し、維持費が低廉」
地域にとって「景観が良くなり、地域経済が活性化」
社会全体にとっては、「国富の流出を止め、ストックを活用」

なにより現在人類が抱える最大の課題「脱炭素社会への移行」に、生産時と利用時の両面から大きく寄与できます。

空き家断熱賃貸を作る人、暮らす人が増えて広まっていくといいなあと思います。