賃貸訪問記 日本初!パッシブハウスの木造アパート

埼玉県西部に位置する秩父地方。山地で盆地のため、一日のうちの寒暖の差、冬と夏の気温差が大きい気候です。冬は朝氷点下と厳しくしばしば雪となり、また、夏の気温はかなり高いそうで、秩父特別地域気象観測所のデータでは今年の最低気温がマイナス9.9℃、最高気温は38.2℃となっています。

この地に日本初のパッシブハウス木造アパート(認定申請中)「PASSIVE HEIM Chichibu(パッシブハイムチチブ)」が完成したのが2023年8月。もう今回の「作り手たちのアトリエ」プロジェクトは完了していましたし、パッシブハイムは新築ですが、高断熱賃貸の大家としては今後の参考として非常に気になっていた物件でした。タイミングよくPHJの現地確認があると聞き、同行させてもらいました。

地理院地図による建設地の標高は208m程度、敷地面積408.37㎡ メゾネットタイプ78.66㎡の住居が4つで延床面積281.54㎡の建物です。

設計施工はパッシブハウス施工の第一人者、高橋建築株式会社の高橋さん。

玄関付近

外壁はALC、耐久性が非常に高くメンテの必要が少ないため、数十年後でも1回塗装すればほぼ新品のようになると高橋さんは言います。長期的にオーナーさんの収入を上げ支出を抑えるため採用したそうです。

また、エコハウスは厚い断熱材と気密性の良い開口部によって、比較的防音性能は高いとされていますが、外壁でALCを採用することで、さらに防音性が上がるのもメリットだそうです。

さて玄関付近。まだ室内に入っていないのですが、玄関ドアをみた時点で費用・性能・利便性が考えられたアパートだなと感じます。YKK AP イノベストD50。樹脂複合枠の採光無し仕様でスマートコントロールキーつき。わかる人にはわかる安心。

宅配ボックスも設置済み。もちろん基礎外断熱で熱橋は少ないよう考えられています。

ひととおり玄関まわりをチェックしたところで入室。

そこには大きなシューズクローゼット。賃貸を企画すると、初期費用を抑えるため見えない断熱などと同時についこういうところをコストダウンしたくなります。だから収納がしっかりあるのは、良心的な賃貸のわかりやすい特徴かもしれません。

1階

1階は個室が二つ。

天井にあるグリルは第1種熱交換換気のRAです。換気装置はローヤル電機製SE200RS。初期費用削減が求められる賃貸住宅でダクト式の熱交換換気が導入されているのは珍しく、頑張ってダクトレスを入れることが多く、僕の賃貸もそうです。でも、実際に過ごしてみるとダクトレス熱交換換気は静かなエコハウスだからか余計に動作音が気になります。高橋建築さんが普段からコストと性能のバランスを考えながら最適な設計、提案をしているから賃貸でも実現できたのだと思います。

本体はダクトルートを最小化するためか、1階個室の天井内に設置。点検口との間に防音用でロックウールがあり、本体の動作音は聞こえません。

2階

階段を上り2階へ。賃貸で2階リビングは珍しいレイアウト。階段の上にこの住居唯一の6畳用エアコンがあります。パッシブハウスといっても、冷暖房需要と空調機器の能力だけみて漫然と設備を配置するとうまく働かないか、ファンの数が増えてしまいます。この1台に、どのような仕事をどこまでさせるか、冷暖房と風量をどのように届けるかによって、エアコン位置と間取りの関係を工夫して階段の上に設置したと高橋さん。

2階建ての建物をエアコン1台で過不足なく冷暖房するため、エアコンがこの位置で1階の個室にRAがあったんですね。SAはエアコンの近くにあり、RAで引っ張って配分するデザインです。人によっていろいろな考えがある部分ですが、予算をうまく使うため設備を最小にしつつ、適切な空調を実現する点で参考になりました。

ちなみにエアコンの裏はただの壁ではなく、収納からアクセスできるようになっていました。パッシブハウスの性能でも1台だと真夏にエアコンが故障した場合、交換までの時間をできるだけ短くしたい。新築した工務店として責任をもってメンテナンスしていくため、すぐ作業できるよう設置しているそうです。そこまでは考えているとは。

賃貸でもIH3口グリル付きの広いキッチン。背面にはカップボード、賃貸で削られがちな収納がきちんとありストレスが減りそうです。

ビルトインの食洗器もついています。頑張って費用・性能・利便性をすべてかなえたいという思いが伝わりますね。

キッチンの横にはパントリー。そのスペースに、普段は収納されているはしご階段をかけると広いロフトが出現!これはうれしい。子どもが好みそうな雰囲気です。

リビングダイニングの窓からはむこう側に山が見えます。サッシはYKKAP APW430 南側なので日射取得窓です。

リビングからキッチン側を見るとこのようになっています。

右下の色が違うコンセントは太陽光の自立発電用です。もし停電しても雨天でなければスマホを充電でき、テレビも映ります。

右上のグリルは熱交換換気ではなく、お風呂に向けての給気口だそう。高性能住宅の場合、これまでの住宅と同じようにユニットバスのファンで排気してしまうと、出た分外気が入ってくるので熱ロスが大きいことへの対策です。多くの場合お風呂の空気は、中でゆったりと過ごせるくらいなので外に排出する必要があるほど汚れてはいません。副次効果としてリビングの空気をお風呂に排気することで、水分を回収できると高橋さんは言います。よく夏は多湿になるのでは?と質問を受けますが、通常の排気ファンだと夏の高温多湿な外気が大量に入ってくるので、むしろこの方式がいいというのがこれまで実測した結果だそうです。

僕も同様の設計にした賃貸住戸があります。確実に冬期の絶対湿度はあがり、約90㎡加湿器なしで過ごせています。ボディーソープなどにオーガニックなものを使う程度で、ほか特別気を使わなくて大丈夫です。そもそもパッシブハウスや性能のいい住宅はお風呂だけ室温が下がるということがないので、結露もしませんし。

強いお風呂洗剤を使わなくてはいけない水質や、漂白剤を頻繁に使う生活スタイルの場合は外への排気ファンも近くに設置したほうがいいですが、これから増える方式だと思います。

そのお風呂はTOTOのユニットバスが入っていました。もちろん賃貸でも一坪(1616サイズ)です。

脱衣所、洗面スペースも広々。あらかじめおしゃれな室内物干しもあらかじめ設置されていました。ドラム式で乾燥機が使えるものは乾かすとして、干したいものをどこに干すかは賃貸の悩みですね。パッシブハウスなら、経験上部屋干しでも一晩干せば大抵のものはさらっと乾くと高橋さんは言います。

そしてエネルギー少なく暮らして欲しいという高橋さんの工夫は洗濯機置き場にも。あらかじめ残り湯のホースが洗濯機置き場にあります。接続先は浴槽なので全く意識せず残り湯を回収できます。普通残り湯を使おうとすると、お風呂のドアが閉まらないので都度片付けが必要になり、蛇腹のホースは伸びたきり縮まないし床も濡れるのでついおっくうになります。

TOTOのユニットバスではそうしたオプションがあるそうで、僕も次は真似しようと決めました。

設備以外の点でも普通のアパートと何かが違うなと感じます。

気が付いたのは床がすべて無垢材ということです。高橋さんいわく、建物が劣化したなと感じるポイントは床のダメージが大きいのこと。生活していて目に入りやすいのが床の傷や擦れだそうです。

住む人が変わるたび、大家さんに床の補修や張替えを提案するのは心苦しいし、エコじゃない。だから初期費用が限られた賃貸でも無垢の床を採用したそう。

また、2戸隣り合わせの住戸をそれぞれ見学させていただいたのですが、2つ目に入室した瞬間に異変が。何とJ-POPが鳴り響いています!はじめは意図が分からず、高橋さん流のおもてなしなのかと思いましたが、界壁の防音性能の高さを実感できるよう仕掛けておいて下さったのでした。

なんと石膏ボードは5重になっているとのことです。素晴らしいですね。

経年劣化に対応する工夫はこんなところにも。人が通る出隅、触れる入隅が直角になっていません。高橋さんいわく、やはり角が傷みやすく、また堅木は最近特に高価ですがアールをつけておけば今後が全然違うそうです。

外回り

外回りも見てみます。駐車場は1戸につき2台で電気自動車コンセントが各戸に1器配線まで準備されています。

太陽光発電は4戸でPCSは4台、共用ではなく各戸に接続されています。賃貸住宅で満室でもメンテナンスがしやすいよう西側外壁に2台、東側外壁に2台設置。隠ぺいではなく一般的な部材をうまく使って配線しているのも将来を考えてのことです。すべての住戸にパネル 6.4kW, PCS 5.5kW。パワーコンディショナーは5.5kWを使うのが容量単価は最も安い、そして16%加搭載、昔から直営でリーズナブルに太陽光発電を届けてきた高橋さんらしい合理的な構成です。

裏に回るとさてSE200RSのOA、サイクロンフードを採用していました。左側には万が一1階にエアコンをすることになった場合のための予備スリーブが見えます。

給湯はエコキュート。初期費用が限られる賃貸アパートでは、給湯機をガス会社からの支給品にしてコストを削減するためプロパンガスを採用することが多いのですが、この建物はそうではありません。

ちなみに太陽光が各戸に接続されていて、エコキュートにEV充電器まで設置されていると、発電した電気で「昼間湯沸かし」や「EV充電」したくなりますよね!?自家消費されたら大家さんの売電が減ってしまうと心配したのですが、このアパートでは自家消費大歓迎、家賃は変わらずに太陽光でお湯をつくったり、充電が自由にできるそう。なんて太っ腹なんだ!素晴らしいですね。

断熱賃貸の時代へ

日本で初めて建築された「鎌倉パッシブハウス」から14年が経ちました。その間にも地球温暖化は進み、2023年のこの夏は国連事務総長が「地球沸騰化の時代」と形容するほどになりました。過去最高の暑さは今後も進行します。影響を抑制するための「1.5℃目標」など存在しないかのように適合義務化が見送られた住宅の省エネ基準。市民活動によって2025年から義務化されることになりましたが、人類の目標に対し貢献するつもりはないのか非常に甘い内容となっています。

しかし、民間ではエネルギーを使わない賃貸への関心の高まりは確実にあり、山形県天童市「コロンコーポ」(2014)岩手県紫波町「OGAL NEST」(2018)横浜市鶴見区「パティオ獅子ケ谷」(2020)埼玉県東松山市「弐番町アパートメント」(2021)、手前味噌ですが長野県軽井沢町「六花荘」(2022)など各地で意欲的な木造賃貸住宅が誕生しています。

国内でパッシブハウスに認定されるほどエネルギー性能が高い賃貸住宅は「パッシブタウン第3期」を除いてこれまでありませんでしたが、個人的には床面積に対し外気に触れる壁、屋根、床の面積を小さくできる木造アパートには可能性があると思っていました。高橋さんも集合住宅は集合すればするほど、外皮の面積割合を小さくすることができ、チャンスがあれば絶対成立させたいと考えていたそうです。

設計兼施工会社としてパッシブハウスのアパートを完成させた高橋さんに、一戸あたりの初期費用を質問したところ、いわゆるパワービルダーの戸建より安い金額でした。それで太陽光付きの認定パッシブハウスができたのは、自らDesignPHで周辺環境含めた検証と設計を同時並行できる高橋さんだからというのが現時点での事実だと思います。ですがやればできることが実証され、ついにエネルギーを極力使わない賃貸住宅の時代が来る、いま0%に近いものがこれから100倍になるような予感がしています。

IPCCの「1.5℃特別報告書」において、気温上昇を約1.5℃に抑えるためには、2030年までに2010年比で世界全体のCO2排出量を約45%削減することが必要と示されています。世界の平均気温の上昇を「1.5℃」に抑えるためには100倍では足りない、予感では終わらせずに、改修含めていま私たちが最大限取り組むべきことを見せてもらえたサイトツアーでした。

仕様

PASSIVE HEIM Chichibu(パッシブハイムチチブ)

木造2階建て
敷地面積   408.37㎡㎡
延床面積   281.54㎡
気密性能   C=0.1㎠/㎡
UA値      0.21W/(㎡・K)
屋根付加断熱 ネオマフォーム90mm
屋根充填断熱 ロックウール155mm
壁付加断熱  ネオマフォーム90mm
壁充填断熱  ロックウール105mm
基礎外断熱  パフォームガード75mm(外周部)XPS100mm(スラブ下)
基礎内断熱  ネオマフォーム45mm
サッシ    APW430
玄関ドア   イノベストD50
換気設備   SE200RS
給湯設備   エコキュート
太陽光    戸あたりパネル 6.4kW PCS 5.5kW

冷暖房需要、負荷、一次エネルギー消費量

一般の人が普通に住めるすごい木造アパートができました、日本各地でこういう賃貸ができるといいですね。

ディテール:洗面台

世のアパートオーナーへのメッセージ

いいものにはお金がかかる、それが原理だ。

賃貸を建てる人の多くは初期費用の低減ばかりに関心を持ってしまうが、原理を受け入れて、そのうえでどうしたら家賃の上昇幅を低減できるか、僕は思考を始めた。

賃貸を探す人はこの洗面台があることによって、一日の始まりからここでの暮らしを想像する。

朝起きて寝室の扉を開ける。しんとした吹抜けの階段を下りてモルタル床にたつ。そこにはステンレスのボウルがある。水栓をひねりちょうどいい温度の水が出ると、手ですくってパシャリと顔を洗う。ふかふかしたタオルで顔を拭き、感触が心地よいスイッチを押す。

真鍮の照明が点く、目の前は継ぎ目のない幅広な一枚の鏡だ。それを挟むように配置された上下の透明な窓は、どんな天候から今日がスタートするのかを教えてくれるばかりでなく、季節の移ろいも感じることができる。

「オーナーが暮らしたいレベルの賃貸住宅を提供する」と言葉で説明するのは簡単だ。だけれどそうした賃貸がほとんどないのはどうしてか。採算が悪化するのを懸念しているのだろう。

前ついていたものを新しくしたような、よくある洗面台だと新品を入れれば10万円程度。作り方によって差額は10万円以下には抑えられるが、造作すれば確実に費用は増える。どうすれば家賃に転嫁せずにすむのか。

僕の解は考え方だけー 洗面台からの想像が決め手になるのなら、むしろ造作すべきだ。空室期間の短縮化と広告費用低減を、住まい手に還元する意味を持つ。それは原価率が高く人気がある飲食店だ、宣伝しなくても朝から夜までたくさんのお客でにぎわいなかなか予約が取れない、そんなお店と同じだ。

広告を打ちクーポンを撒けばハイシーズンは団体の予約が入る。けれど、雨の日は客足が少ない、顔馴染みやリピーターの少ないお店と、あなたはどちらに行きたいだろうか。

ましてや食べて消えるものではない。広告宣伝費に費やすか、資産となって残るものに投資するのか、答えは明白だろう。多くの賃貸住宅が建物の価値を見誤り、本質的でない競争に陥っている。だからこそ耐震補強と断熱をした上で、住まい手の暮らしを彩る部分にも挑戦してほしいと思う。

仕様

カウンター タモ集成材 大工造作
洗面器 サンワカンパニー SUS600 カウンタートップ仕様
水栓 ミズタニバルブ工業 リネア混合水栓
照明 コイズミ照明 AH51113
配線器具 神保電器 NK SERIE ピュアホワイト(ガイドランプ無し)

ディテール:キッチン

すべてのものが値上がりしている昨今、システムキッチンも例に漏れず一昔前の1.5倍ほどの価格となっている。2023年夏現在、W1650程度のI型キッチンでも税抜50万円近くする。(レンジフード、IH2口コンロ含む)バックキャビネットをつければ+20万円近い。

出された見積を眺めそんなことを思いながら、次のページでめくる手が止まった。見積の次ベージにあるイメージ図のCGは、色や仕様に齟齬がないか顧客に確認する意味合いで添付されているが、そこには学生時代に過ごしていたアパートに置かれていたものと同じような、プラスチックの、小さなキッチンが描かれていた。

バブル崩壊から10年あまり経っても進まない不良債権、次々に続く金融機関の破綻、アジア通貨危機といった時代に高校生活を過ごし進学すると、ドットコムバブルが崩壊しアメリカ同時多発テロ事件が発生、アフガニスタンからイラクへ戦争が広がっていくのが大学生活だった。実家から送られてきた米30㎏は、一人暮らしをしているとなかなか減らない。シンクの下に置かれた米袋に手を突っ込み2合取り出しているときは気が付かなかったが、芯の残る焚き具合と食味に違いを感じ引っ張り出してみるとカビが生えている。どおりで体調がすぐれず、動く気が起きずに寝転がってネットばかりしていたわけだ。

カビが生えるのは学生向けに作られた木造アパートの建物性能が不足しているからで、キッチンに罪はない。しかしそのCGを見た瞬間に、暗い世相のなか寒い木造アパートでひとりコタツに入り無気力に過ごした日々が思い出された。

キッチンは生活そのもの。地方に多い住まい手のニーズを無視した賃貸に対する、オルタナティブとして提案すべき今回の空き家断熱賃貸に、このようなキッチンを置いてしまったら企画倒れもいいところ。絶対にダメだ。

減額のため見積を精査しているにも関わらず、プロジェクトが危機にあることを知らせる強烈な拒否反応を起こした僕は、造作でできないか思案した。前にも合板でキッチンを作ってもらったことがあり、見当はすぐにつく。書斎の背中に何冊もある本を参考にしながらCADでイメージを作図、監督に見積依頼を送る。

監督が想いを汲んでくれたのか、施工会社側でも倉庫に余っていたレンジフードを使うなど協力をしてくださり、I型1,650mmの費用でII型1,750mmのキッチンを作ることができた。作業スペースは倍以上の面積だ。

キッチントップ、通路とも700mm幅。台が狭いのは嫌だし、通路は適度に狭いほうが作業しやすい。シンクの裏を作業スペース、IHの裏も作業スペースにしている。オーブンレンジはIH側の作業スペース下に収納する。

IH前と横には施工会社の提案でガルバニウムを貼った。タイルやステンレスより安く、手入れはしやすい。なによりアトリエの雰囲気にも合う。

シンク下は渡辺金属工業のオバケツキャスター付きが2つ入るサイズにしている。とにかく、ゴミ箱は大きければ大きいほど良い、45ℓでは小さすぎるのだ。

【公式】渡辺金属工業株式会社|オバケツメーカー (obaketsu.com)

食洗器

食洗器は元の見積もりにはなく、国産唯一のフロントオープンタイプをインターネット最安値で購入し施主支給。ミーレの35%程度の価格で導入している。扉開閉時には重圧なミーレとの違いを感じるが、使用感は悪くないと聞き選定した。賃貸にフロントオープンのビルトイン食洗器が備えられていることが、オルタナティブとしての空き家断熱賃貸の重要なポイントだ。耐用年数で計算し1,000円/月程度なのだから、この機種であれば標準装備にできると考えた。

IH

IHは外国家電のグリルレス3口を中古購入し施主支給、新品の35%程度の価格だった。三菱のユーロスタイル新同品を施主支給にするのと同程度の費用で迷ったが、賃貸であれば中古の状態で入居するのが一般的なのでよりデザインがシンプルな海外製品を選択。ちなみに約20年前就職し初めての賞与で実家に贈ったPanasonicのIHは、グリル部分が故障したものの、IH本体はまだ使えている。


IHを中古で買うとトップのガラス面にこげ等汚れが付着していることがあるが、信頼と安心3MのIH専用クリーナーを使えば、賃貸住宅に設置しても問題ないレベルまではきれいに落ちる。あらかじめクエン酸を水と練りまぜ多めに塗り、サランラップで養生放置すると水垢成分も落ちるのでさらにきれいになる。

あきらめたこと

水栓は当初 Delta 9113T-DS タッチ水栓を施主支給で設置する予定とし、インターネット最安値近辺を個人輸入で手配していた。しかしながら為替の変動か現地価格の高騰により到着予定日になっても発送すらされておらず、一方的にキャンセルされ引渡まで時間が無くなったため、施工会社手配に切り替えた。この水栓はむつ市のスーパー工務店仲間に教えてもらったもので、電池式で単体で動作が完結するため、電気配線が不要で普通の水栓と同じように工事できる。使いたかったなぁ。

またコストダウンで大工造作したキッチンは引き出しがないのが慣れるまで大変だが、こうした部材を使えば大工造作でなくても引き出し的に使うことは可能だ。その際はあらかじめ棚を幅600mm、900mmなど既製品に合わせて作る必要がある。今回は費用面で見送っている。

ワイヤーシェルフⅡ ekrea Parts(エクレアパーツ)オンラインショップ

仕様

キッチン本体 ラワンランバー24mm 大工造作
食洗器 リンナイ RSW-F402C(施主支給)
IH AEG AHI635CA(施主支給)
天板 ステンレスヘアライン仕上げ オーダー製作
水栓 LIXIL SF-E546SYN
レンジフード 富士工業 FED

Web内覧会

ダイニング・キッチン

before after

アトリエ1

洗面スペース

before

吹抜

寝室

アトリエ2

before after

玄関

リノベ訪問記 八ヶ岳エコハウス ほくほく

ほくほくを初めて知ったのは、日本エコハウス大賞2022の番外編イベントでした。

僕が暮らしと建築社須永夫妻と進めたプロジェクトで(サステナブル集合住宅六花荘)新築部門を受賞したこの年は、3年ぶりの開催となったため非常な激戦となり、その影響でいくつかの素晴らしいプロジェクトがノミネート(大賞受賞候補)から漏れていたそうです。

選考は複数の審査員による投票によって先に進めるかが決まるため、投票の配分によってはそういうこともあり得ます。なぜノミネートされなかったのかわからないという3つのプロジェクトについて、応募者側と審査員がライブ放送をするという仰天の企画が冒頭の放送で、リアルタイムで視聴していました。

さて番外編で見たこのプロジェクトに驚愕しました、何がすごいってリノベで、オフグリッドで普通に過ごせる建物ができているのはもちろん、それを改修するにあたって電動工具を現場に設置した太陽光パネルで充電して工事したという、、、

確かにやろうと思えばできる。だけど、そんな話見たことも聞いたこともない、恥ずかしながらそんな発想がなかったし、もしオーナーが思いついても施工者に勘弁してくれと言われるだろう。こだわりの度合いとチームで成し遂げた奇跡に強い興味を覚えたのでした。

そう感じたのは僕だけではなく、ノミネートからは漏れてしまったけれども、このままではあまりに惜しいということで急遽ほくほくに合った賞が「NEXT賞 創エネの家」としてつくられ受賞しました。

その後六花荘の受賞が決まり東京での受賞者懇親会で、ほくほくのオーナー斎藤さんと施工したチームとお会いしました。その際にここまでのこだわりを生んだプロジェクトの背景、きっかけを聞くことができました。

斎藤さんは現役の新聞記者。福島県に赴任していた際に東日本大大震災が発生、原発事故による悲惨な状況を目の当たりにし、これまで疑問を持たず電気というエネルギーを無尽蔵に使っていた生活と現代社会について考え、5アンペア生活と名付け従量電灯Aの5アンペア契約で生活するプロジェクトをはじめたそうです。そうした生活を何年か続け、断熱してすれば創エネすれば電力会社から電気を買わずに過ごせることを実証するためこのプロジェクトに至ったそう。

自身が発見した社会課題について、調べ考え仮説をたてて実行し、形にしたうえで検証する姿勢には非常に説得力がありました。深く共感しほくほくでの再会を約束したのでした。

さて寒い時期の訪問はかないませんでしたが、夏の最も暑い時期に訪問することができました。

斎藤さんが購入したのは、東京では一坪も買えないほどの価格だった築40年の古民家。

―八ケ岳エコハウス「ほくほく」プロジェクト―① 節電記者、築40年の空き家を買う | 朝日新聞 2030 SDGs (asahi.com)

冬は家の中でもキッチンの鍋に氷が張るほど寒かった家が、断熱改修によって電気・ガスを買わずに生活できる家に生まれ変わっています。

お邪魔したのは夏のピーク。でも100V 6畳用エアコンで家じゅう涼しく室内は快適、築40年の建物をリノベでオフグリッドにしていると聞いて想像するものととは全く違います。

あえての鉛蓄電池で組んだシステムは容量20kWhで、放電管理は10kWhを閾値としているそう。当日は雲が多めの空模様でしたが、合間から太陽が顔をのぞかせると、見ている間にわかるくらい残容量が増えていきます。

給湯は日本初の太陽熱温水器「チリウヒーター」によって賄っており、また暖房用に薪ストーブもあることがオフグリッドで我慢せず暮らせる秘訣ですね。

なんとリノベで山崎屋木工のトリプル!ウッドデッキに出るテラスドアのしっかりしていること。しかもガラスで景色が見えてかっこいい。

斎藤さんと仲間たちはこのほくほくを拠点に、体験宿泊、子ども向けのエネルギーワークショップ、大学生のフィールドワーク等に活用しているそう。

断熱とエネルギーの大切さを世に伝える、素晴らしい実例でした。ほくほくについては様々なメディアに掲載されています。YouTubeのリンクを貼っておきます。

屋根改修

何度もやったことがあるというプロでない限り、リノベを考え始めた人はこれまで知らない領域に足を踏みこむことになって調べると思う、僕もそうだった。

どういう物件を買えばいいのか、情報を求め手探りで検索する人が見つけるのが、基礎と並んで「屋根を触らなくていい物件」という条件だろう。

もちろんそれはその通りだ。屋根工事自体が安くはない、同時に、屋根や外壁がそのままなら必要がない足場をかけるのに、数十万円プラスされてしまう。

でも空き家を取得するにあたり何軒も確認したが、築古で大丈夫な屋根って金属葺くらいだと思う。そういう家が上物タダ同然で安く出てくるのはみたことがない。今回屋根はスレート瓦という種類だ。安くて瓦より軽く施工が早いため古い家に多い材料で、ガルバニウム鋼板に替わられるまでは5割近いシェアを占有したとされる。寿命は30-40年、今回のように35年も経つと見るからに劣化している。このまま放置すれば風で飛ばされる、割れて落下するなど、入居者や第三者に被害が生じるかもしれない。

日本の屋根は粘土瓦から金属製屋根材に急変 | 日経クロステック(xTECH) (nikkei.com)

だからこう考えた。屋根を全く触らなくていい物件を、安く入手するのは容易ではない。壁付加断熱するならどのみち足場は必要だ。今回壁付加断熱だけして、後日また屋根のために足場をかけるのは無駄だ、スレートなら屋根更新は前提で予算を組む。

ただ、雨漏りしていると野地板や構造が傷み屋根だけではすまない、だから屋根が更新時期なのは許容するけれど、物件探しの際に雨漏りは厳しく見たい。

そういうことでこの機会にガルバニウム鋼板によるカバー工法で屋根を直した。正直屋根を良くしても、多くの場合立地と広さで決定される家賃が上がるわけではない。でも今ある空き家に手を入れる機会を得たなら、見えている未来に投資するのがストックを増やすということだと思う。

同時に破風、鼻隠しにもガルバニウムをまいた。これをすることで傷みが全然違ってくる。

昔の建物は多くの場合で破風や鼻隠しに板金がされていない。これは絶対新築でも耐久性を考慮してやったほうがいい。減額で削ってはならない代表格だ。

軒天ももう限界だった。隣家からの延焼防止は考えなくていい立地なので、新しく作ることはせず、きれいに撤去して垂木を見せる仕上げとしコストダウンした。

断熱工事

今回のプロジェクトもまた、断熱について考えることになった。もう新築なら自分の中でこうしたいという構成はできている。室外側からタイベック気密、付加断熱フェノールフォーム、充填断熱グラスウール、調質気密シート、配線胴縁という形だ。

だけどすでに建っている築古の空き家となると、それぞれ現状に合わせて考える必要がある。さらに事業なので採算がとれなくてはならない。

壁付加断熱

最初に仕様案を作り、見積をまとめたところで、正直言って一瞬迷いが生じた。

付加断熱はやっぱりやらなくちゃだめなんだろうか。

内装はやり直すので内側からはがして、断熱材を入れたらどうだろう。今回築古でも適切なメンテナンスがされていたのか、外壁の状態が良かった。通りがかって住宅工事の様子を見ると、2023年でも付加断熱している新築のほうが少ないくらいだし、外壁をいじらなければ大きくコストダウンが可能だ。

計算で確かめてみる。壁のU値(実質熱貫流率)が0.409W/㎡Kという結果だ。

熱貫流率は熱の通りやすさを表す。0.4W/㎡Kということは温度差1度で1㎡あたり0.4Wの移動がある。開口部を除いた外壁が130㎡あり、室内外の温度差が20℃(冬はほとんどの時間でもっと厳しい)ある条件下では、壁だけで0.4*130*20 = 1,040W になってしまう。

では付加断熱でネオマフォーム75mmを貼ってみよう。壁のU値(実質熱貫流率)が0.174W/㎡Kとなる。0.174*130*20 = 452.4W、U値を見れば当たり前なんだけれど、付加断熱しない場合の半分以下。壁だけの話をしても仕方ないけれど、これなら人体や家電の内部発熱のほうが多いくらいだ。

倍以上ともなるこれだけの差が24時間、11月から4月のあいだ、毎年毎年数十年にわたって続くのだ。対策はただ一つ、「最初に付加断熱しておく」だけ。たったそれだけのことで、数十年間たくさんのエネルギーを使わずとも暖房でき、朝起きて布団から出るときや、お風呂あがりの寒い思いから解放される。

こうして考えるとやはり2,3地域で付加断熱せず105mmの断熱材で高断熱を名乗るなんて、僕にはできない。グラスウールをより熱抵抗の高いウレタンなどに変えても木部の熱橋もあってそれほど高い性能にはならない。かくしてまた採算より断熱を選んでしまった…まあ結論は最初から決まっていた気もするけれど。

付加断熱はポリイソシアヌレートフォーム75mmとした。

好きに選定できるなら長期耐久性、火災時の安全性などフェノールフォームを使いたい。けれども、今回のようなコストの限られたプロジェクトの場合それよりも重視しなくてはいけないのは、「施工会社が普段使っている」点だ。今回の施工会社は普段からこの材料の75mmを標準的に使用しており、施工や納まりが確立している。また何かあって数枚足りないために現場を止めたり、あるいは多めに頼む必要がない。

熱貫流値は0.021W/㎡Kとフェノールフォームとほぼ同等で、この施工会社の場合はコストが低廉なためお願いすることとなった。

壁充填断熱

壁の充填断熱は高性能グラスウール16k 105mm。耐震性能の関係で筋交いが複数個所生じてしまったが、均一に充填されきっちりとした施工で安心できる。

もちろん防湿気密シートは別張り。計算上は袋入りのグラスウールと変わらないが、賃貸でも妥協してはいけない点だと思う。気密はきっちりと施工しないと性能が出ない、だからコストが上がっても別張りにはこだわりたい。

天井断熱

天井断熱は基本500mm 吹込グラスウールで計画。賃貸で500mmオーバー!と驚かれるが、天井断熱で吹込み量を増やすのは実はコスパがいい。はず。500mmという圧倒的物量感、響きが気に入ってそうしただけ。もちろん、300mmにすればその分多少初期費用は安くなってPMとしては助かるけれど、そんなところでロマンを犠牲にして採算気にするなら、空き家断熱賃貸なんてやってられない。

工事前の建物は、当時流行りの意匠だったのか、窓という窓が出窓だった。出窓部分は断熱材の入らない熱的弱点で、やはり寒かったのか内窓が追加され、窓際のスペースは有効活用されていなかった。付加断熱することで外壁は作り直すため、弱点の出窓はすべて解体し、計算に基づき日射取得方向の開口を大きくしている。

今回窓はすべてトリプルシャノンIIxを採用した。ガラスは南方向をESクリア、他方向をESクリアスーパーとした。このESクリアは新住協鎌田先生の講演でもたびたび登場するガラスだ。普通のトリプルガラスは断熱性能を上げると日射熱取得率も下がってしまう。晴天率が高く、冬期積極的に太陽の光を入れて暖房としたい建設地。このESクリアを使うと日射遮蔽型の断熱性能と同等で、ペアガラスのような日射熱取得が可能となる。まあ、チートのようなガラスですね。

他メーカーの樹脂サッシトリプルガラス同様、引違窓にすると中空層が10mm程度になってしまい、15-16mmあるほかの窓と比較して熱貫流率が3割程度低下する。そのため引違窓は工事前の10か所から2か所と最小限に減らし、FIXやドレーキップに変更して採用した。

本当は同じエクセルシャノンが満を持して開発した新世代製品 NS50トリプルを導入したかった。性能は明らかに高く、価格差はそれほどないと案内を受けていた。しかし着工前に窓リノベ補助金の予算枠については様々な情報が飛び交っており、23年5月発売開始の製品を採用することは、PMとしての経験がNOと判断した。(その後断熱仲間との情報交換で、NS50がまだESクリアスーパーしかないことを知った。エクセルシャノンの方にも確認したが、2023年6月現在ではESクリアはラインナップになく選べない。判断は正しかった。)

やり残したこと

付加断熱をきちんとやる。耐震補強と合わせて充填断熱もしっかり入れる。計算して開口を大きく変え、性能の良いものを導入する。結果的にスケルトンリノベとなり内装もすべて新しくなった。

僕は古いものを大切に使うのが好きだ。木が使われて磨かれた風合い、変化した色。新しいものにはない年月の味わいを感じる。今回のリノベでは性能向上のための工事でこの家がこれまであった時間が見当たらなくなってしまった。それが唯一心残りではある。

まあでもPMとしては現時点のベストを尽くした。ここまでやったのだから、さらに挑戦したいことには次のプロジェクトが待っている。

耐震補強


大地震の揺れに対する木造住宅の安全性は、「上部構造評点」で表される。一般的には上部構造評点が1.0以上あれば、耐震性が確保されていると判断され、1.0未満の場合は耐震補強が必要である。既存木造住宅の上部構造評点1.0、1.25、1.5は、品確法において耐震等級1、2、3に相当するとされる。

数値的には最低でも1.0以上にする必要があるが、僕自身はそこに深い思い入れはなかった。これまで自宅やオフィスの計画では耐震等級3で新築してきたが、建築家さんが構造設計に依頼するから、今後の資産価値などを考えて「3が良い」と言っただけ。すべてやってもらえるので深く考える必要もなかった。


今回は予算の制約が強く、リノベーションでの構造強化の難しさもわからない。購入時に立地は土砂災害、水害ハザードマップでエリア外であることを確認している。地震については政府地震調査研究推進本部の予測でも今後30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率は低いとされ、活断層も認められていない。だから最低限1.0以上あればいいだろう、最初はそんな気持ちだった。

出典:政府地震本部 長野県の地震活動の特徴 確率論的地震動予測地図

そもそも、スケルトンにした時点で十分もとよりは強くなる。比較的構造の状態はいいと言えるこの家でも、やはり造作風呂の柱は腐朽していた。

古い家では人為的な理由で耐震性が低下しているケースも多い。この家でもキッチンのレンジフード設置工事によって筋交が分断されていた。

こうした部分は全て交換是正対象となる。もとより厳しいプロジェクト、PMとしては採算を犠牲にして要求水準を上げることには抵抗がある。

しかし、一度工事が完了すれば戻ることはできない。追分で見つけた古びた小さな空き家、それは静かで控えめな存在だが、そのまま計画を進めるには何かが引っ掛かる。仕様を確定するギリギリのタイミングで構造に詳しい知人の設計者に相談した。

「考えなおしたほうがいい」

知人はそれはもうきっぱりと断言した。彼の感覚では、リノベして1.0なんて住みながらの工事で解体がほとんどできないとか、ごく小規模でやむを得ない時だけの最低ライン。スケルトンまでして1.0で妥協するのはもったいない。地震の揺れなんて個々の敷地レベルで予測するのは無理だ、日本列島に住む以上、最低1.25にするべきで、できるなら1.5以上を目指してもいいという。


彼の意見もあり、1.25以上の上部構造評点を仕様に再設定。計算に基づいた様々な補強工事を実施することになった。
新築時には必ず目にするホールダウン金物は、地震の際に基礎と土台から柱が抜け出すのを防ぐための存在だ。阪神大震災後の建築基準法改正(2000年)によって、新築工事では義務付けられたが、古い建物では設置されていないことが多い。この家もそうだ。

専門業者によって基礎にあと施工でホールダウン金物を取り付ける。

新たな柱を建て、耐力壁を設ける。筋交いを追加し、金物を取り付ける。

新たな骨組みと壁によって築き上げられ、こうしてその家は静かで控えめながら、身を守る強さを手に入れることができた。

リノベ訪問記 Tongari hut

先日機会をいただきTongari hutという性能向上リノベーション物件を案内していただきました。「作り手たちのアトリエ」は設計済みで、重要なものはすべて発注が終わっているタイミングではありましたが、ちょっとした小技はそれでも取り入れられるのがリノベのいいところです。

Tongari hutは長野県の県庁所在地 長野市(4地域)の住宅地にあります。長野県内では新住協のなかでも意匠に優れていることで有名な、しなのいえ工房(株式会社アグリトライ)が所有する、リノベーションのショールームです。

リノベーション体感ショウホーム「Tongari hut」 | しなのいえ工房 (shinanoie.com)

もともとは築30年18坪2層の建物でした。実家をしなのいえ工房さんでリノベして住み替える事になったお客様が、今住んでいる家をリノベの資金にすることもあって売りに出すという話を聞き、便利な場所だったため買い取ったそうです。※本画像は許可を得てお借りしました。

性能向上リノベーションのモデルルームにすべく、社内でコンペを開催。みな楽しみながら設計、優勝案でできたのがこちらということで、物件の取得から出来上がるまでのプロセスもいい話です。

エクステリア

※本画像およびアイキャッチ画像は許可を得てお借りしました。

外壁は杉板の破風材 t=24mmを凹凸に加工したものを使われていました。

最近のエコハウスでコストダウンしていると、杉板15mm、ウッドロングエコに押縁なしの縦貼りが定番です。六花荘もそうです(笑)それに比べると表情が出ていていいなあと思いました。押縁と違って割付をそこまで気にせずバンバン張っていけるため生産性がいいとのこと。

塗装はオリジナルで調色、「しなのグレー」と呼ぶ経年変化したような独特の色味が似合っていました。

公道に向かっての緑化が良いですね。こういうところに設計者の思想を感じます。

テラスデッキ材はテオリアランバーテック製の「テオリアウッド」です。加工注入処理され、きわめて腐りにくくデッキ材などの用途で軽井沢でも多く使われているものです。垂直面のフェンスはヒノキが使われていました。

一坪の植栽があるだけで雰囲気がぐっと良くなっていました。木を三本植えるのがポイントとのことです。これはぜひ取り入れたいな。

インテリア

※本画像は許可を得てお借りしました。

リノベーション前に真っ暗だった1階は、2階の床を壊し吹抜けがつくられており、非常に開放的です。そこに壁面一面、床から上までの造作本棚が、家というよりおしゃれなカフェや建築家の設計した図書館のようで素晴らしいです。2階から見た様子は以下、内装は基本コバウにビオシール。

吹抜けのダイニングに面して小上がりがあります。ちょっと一息つくのにいい空間です。ラワンの天井も効いています。また畳の下はしっかり収納になっているのもうれしいポイントで印象的でした。※本画像は許可を得てお借りしました。

この贅沢な広い家事室は水回りに隣接しています。元の間取りとリノベの都合で生まれたスペースとのことですが、これはうらやましいですね。

造作洗面台、いい雰囲気でコストはコントロールしていて実力の高さを感じます。

玄関からパントリーを通ってのキッチンへの導線が見事、広いキッチンもおしゃれでよかった。L字で使いやすそうです。※本画像は許可を得てお借りしました。

2階に上がると空間になっています。使い方が限定されず用途をフレキシブルにできそうでいいですね。

吹抜けに面した部分にはカウンターが。小さい子がいると墜落の危険性があるので賃貸の場合は取り外しできる形になると思いますが、家族の気配を感じながらデスクワークや勉強できるちょっとしたカウンターいいですよね。もちろんここに座って勉強するくらいの年頃でしたら全く問題ないので、注文住宅では備え付けでいいと思います。

おしゃれな寝室とウォークインも2Fにありました。

このクローゼットはいいアイデアですね、子どもの手の届く所に子ども用のハンガー掛けがある。コストと見た目と実用性が考えられていて、住む人が好みにできる可変性もある。戸建賃貸でも喜ばれそう。棚板もつけられる感じです。(公式サイトの写真を見てみて下さい)

性能

窓はすべてトリプルガラス樹脂サッシ、その中でも通好みのトリプルシャノンIIx 日射取得窓はもちろんESクリア。加えてハニカムまで装備しています。この組み合わせは「作り手たちのアトリエ」と一緒、実力と実績を感じるセレクトですね。

断熱に関してもぬかりありません。壁はGW付加断熱105mm 充填断熱105mm、屋根は吹込みGW400mm、床は基本元を壊さず施工しているのでXPS50mmの仕様。年間暖房需要は30kWh/㎡、UA値0.31W/m2Kは4地域のG2。

耐震補強も当然されています。 上部構造評点は0.69から1.57まで引き上げられたとのことで、これだけ日射取得大開口なのに耐震性能も上げられていて、総合力の高さを感じます。

感想

さすがにココまでやると工事費はかなりかかっているそうです。聞いた金額だととても賃貸では厳しいコストでした。

一方このプロジェクトは賃貸向けではなく所有者がリノベして住む事を念頭としたモデルルームですので、それなら解体して新築よりは明らかに安いですし、今は新築がどんどん高くなっているので今後はさらに差が開きそうです。

所有者ではなく土地建物を取得する場合では、ローコスト住宅ならもっと安くできる場合はあるかもしれませんが、中身、性能、暮らしの満足度が全然違うので僕なら断然この家に住みたいと感じました。

長野県の工務店の中で、設計力で頭一つも二つも抜けているアグリトライさんだけあって、さすがだなあという性能向上リノベーションでした。なんだか宣伝ぽくなってしまいましたが、作り手たちのアトリエの施工会社さんは別の会社ですし、一切利害関係はありません(笑)

リノベーションをするなら耐震性、断熱性、意匠も暮らしやすさも全部かなえたいですよね。すべて手に入れたいとなると、そういう仕事はどこでもできるわけではなく、県内かなりキャパシティ限られています。

今回は双方の情報交換であったり交流があって案内していただけました。基本的には顧客か真剣な見込み客以外見学はできないと思いますが、こういう仕事が広まって欲しいと思います。

撤去工事

かつて、この住居はその所有者にとって、心地よい場所であった。下仁田から小諸方面へ軽井沢町を横断する通りから、追分の国有林に向かって坂を登るそこに、緑に囲まれた静かな一軒家はあった。

目覚めると、小鳥たちの囀りが耳に響く。子どもたちを学校へ送り出した後、近所で働き、夕暮れ時には家族で食事を楽しむ。しかし子どもたちが巣立ちしばらくたつと、若かった時は無関心だったことが、いつしか気になるようになってきた。山での暮らしは少なくない光熱費を必要としていた。そして何よりも、冬の寒さが身に染みる。ついには手放す決断をし、家は解体される日を待つことになった。

その売土地を購入した新たなオーナーは(家はまだ残っていたが、不動産会社の見立てでは価値は無いものとして、土地として売買され買い手がつき次第解体するとされていた)いくらか変わった人間だった。この住居を解体せず、光熱費や冬の寒さに悩まされることの無い賃貸住宅に再生したいという。まだ見たことのないような仕事に積極的に取り組む業者はいなかったが、オーナーが信頼する建設会社が可能性調査のため訪れることになり、社内の若き設計士が指名された。

数週間後に彼女が提案した案は、まるで宇宙から飛来したような異質なアイデアであった。A案は、リビングとダイニングを隔てる壁を取り払い、現代的な広いLDKを作るものだ。きわめて想像しやすく、オーナーが設計者を案内した際に話したのもそのような内容だった。しかしB案は、この建物の2階中央部分を撤去し、吹き抜けを作るものであった。ただでさえ小さな家なのに、費用をかけて面積を減らすそれは、慣れ親しんだ賃貸像を根本的に変えるものであり、その先にある未知の領域への転換を象徴していた。

彼は、通常なら躊躇するだろう案に喜びを感じ、実現しようと決意した。そこには、先進的な視点があり、それが再生可能な未来を切り拓く力となることを信じていた。

かくして、建物はその本質を剥き出しにしていった。外からは空っぽに見えるかもしれないが、そこには再生する可能性を秘めた原型が存在している。