耐震補強


大地震の揺れに対する木造住宅の安全性は、「上部構造評点」で表される。一般的には上部構造評点が1.0以上あれば、耐震性が確保されていると判断され、1.0未満の場合は耐震補強が必要である。既存木造住宅の上部構造評点1.0、1.25、1.5は、品確法において耐震等級1、2、3に相当するとされる。

数値的には最低でも1.0以上にする必要があるが、僕自身はそこに深い思い入れはなかった。これまで自宅やオフィスの計画では耐震等級3で新築してきたが、建築家さんが構造設計に依頼するから、今後の資産価値などを考えて「3が良い」と言っただけ。すべてやってもらえるので深く考える必要もなかった。


今回は予算の制約が強く、リノベーションでの構造強化の難しさもわからない。購入時に立地は土砂災害、水害ハザードマップでエリア外であることを確認している。地震については政府地震調査研究推進本部の予測でも今後30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率は低いとされ、活断層も認められていない。だから最低限1.0以上あればいいだろう、最初はそんな気持ちだった。

出典:政府地震本部 長野県の地震活動の特徴 確率論的地震動予測地図

そもそも、スケルトンにした時点で十分もとよりは強くなる。比較的構造の状態はいいと言えるこの家でも、やはり造作風呂の柱は腐朽していた。

古い家では人為的な理由で耐震性が低下しているケースも多い。この家でもキッチンのレンジフード設置工事によって筋交が分断されていた。

こうした部分は全て交換是正対象となる。もとより厳しいプロジェクト、PMとしては採算を犠牲にして要求水準を上げることには抵抗がある。

しかし、一度工事が完了すれば戻ることはできない。追分で見つけた古びた小さな空き家、それは静かで控えめな存在だが、そのまま計画を進めるには何かが引っ掛かる。仕様を確定するギリギリのタイミングで構造に詳しい知人の設計者に相談した。

「考えなおしたほうがいい」

知人はそれはもうきっぱりと断言した。彼の感覚では、リノベして1.0なんて住みながらの工事で解体がほとんどできないとか、ごく小規模でやむを得ない時だけの最低ライン。スケルトンまでして1.0で妥協するのはもったいない。地震の揺れなんて個々の敷地レベルで予測するのは無理だ、日本列島に住む以上、最低1.25にするべきで、できるなら1.5以上を目指してもいいという。


彼の意見もあり、1.25以上の上部構造評点を仕様に再設定。計算に基づいた様々な補強工事を実施することになった。
新築時には必ず目にするホールダウン金物は、地震の際に基礎と土台から柱が抜け出すのを防ぐための存在だ。阪神大震災後の建築基準法改正(2000年)によって、新築工事では義務付けられたが、古い建物では設置されていないことが多い。この家もそうだ。

専門業者によって基礎にあと施工でホールダウン金物を取り付ける。

新たな柱を建て、耐力壁を設ける。筋交いを追加し、金物を取り付ける。

新たな骨組みと壁によって築き上げられ、こうしてその家は静かで控えめながら、身を守る強さを手に入れることができた。

リノベ訪問記 Tongari hut

先日機会をいただきTongari hutという性能向上リノベーション物件を案内していただきました。「作り手たちのアトリエ」は設計済みで、重要なものはすべて発注が終わっているタイミングではありましたが、ちょっとした小技はそれでも取り入れられるのがリノベのいいところです。

Tongari hutは長野県の県庁所在地 長野市(4地域)の住宅地にあります。長野県内では新住協のなかでも意匠に優れていることで有名な、しなのいえ工房(株式会社アグリトライ)が所有する、リノベーションのショールームです。

リノベーション体感ショウホーム「Tongari hut」 | しなのいえ工房 (shinanoie.com)

もともとは築30年18坪2層の建物でした。実家をしなのいえ工房さんでリノベして住み替える事になったお客様が、今住んでいる家をリノベの資金にすることもあって売りに出すという話を聞き、便利な場所だったため買い取ったそうです。※本画像は許可を得てお借りしました。

性能向上リノベーションのモデルルームにすべく、社内でコンペを開催。みな楽しみながら設計、優勝案でできたのがこちらということで、物件の取得から出来上がるまでのプロセスもいい話です。

エクステリア

※本画像およびアイキャッチ画像は許可を得てお借りしました。

外壁は杉板の破風材 t=24mmを凹凸に加工したものを使われていました。

最近のエコハウスでコストダウンしていると、杉板15mm、ウッドロングエコに押縁なしの縦貼りが定番です。六花荘もそうです(笑)それに比べると表情が出ていていいなあと思いました。押縁と違って割付をそこまで気にせずバンバン張っていけるため生産性がいいとのこと。

塗装はオリジナルで調色、「しなのグレー」と呼ぶ経年変化したような独特の色味が似合っていました。

公道に向かっての緑化が良いですね。こういうところに設計者の思想を感じます。

テラスデッキ材はテオリアランバーテック製の「テオリアウッド」です。加工注入処理され、きわめて腐りにくくデッキ材などの用途で軽井沢でも多く使われているものです。垂直面のフェンスはヒノキが使われていました。

一坪の植栽があるだけで雰囲気がぐっと良くなっていました。木を三本植えるのがポイントとのことです。これはぜひ取り入れたいな。

インテリア

※本画像は許可を得てお借りしました。

リノベーション前に真っ暗だった1階は、2階の床を壊し吹抜けがつくられており、非常に開放的です。そこに壁面一面、床から上までの造作本棚が、家というよりおしゃれなカフェや建築家の設計した図書館のようで素晴らしいです。2階から見た様子は以下、内装は基本コバウにビオシール。

吹抜けのダイニングに面して小上がりがあります。ちょっと一息つくのにいい空間です。ラワンの天井も効いています。また畳の下はしっかり収納になっているのもうれしいポイントで印象的でした。※本画像は許可を得てお借りしました。

この贅沢な広い家事室は水回りに隣接しています。元の間取りとリノベの都合で生まれたスペースとのことですが、これはうらやましいですね。

造作洗面台、いい雰囲気でコストはコントロールしていて実力の高さを感じます。

玄関からパントリーを通ってのキッチンへの導線が見事、広いキッチンもおしゃれでよかった。L字で使いやすそうです。※本画像は許可を得てお借りしました。

2階に上がると空間になっています。使い方が限定されず用途をフレキシブルにできそうでいいですね。

吹抜けに面した部分にはカウンターが。小さい子がいると墜落の危険性があるので賃貸の場合は取り外しできる形になると思いますが、家族の気配を感じながらデスクワークや勉強できるちょっとしたカウンターいいですよね。もちろんここに座って勉強するくらいの年頃でしたら全く問題ないので、注文住宅では備え付けでいいと思います。

おしゃれな寝室とウォークインも2Fにありました。

このクローゼットはいいアイデアですね、子どもの手の届く所に子ども用のハンガー掛けがある。コストと見た目と実用性が考えられていて、住む人が好みにできる可変性もある。戸建賃貸でも喜ばれそう。棚板もつけられる感じです。(公式サイトの写真を見てみて下さい)

性能

窓はすべてトリプルガラス樹脂サッシ、その中でも通好みのトリプルシャノンIIx 日射取得窓はもちろんESクリア。加えてハニカムまで装備しています。この組み合わせは「作り手たちのアトリエ」と一緒、実力と実績を感じるセレクトですね。

断熱に関してもぬかりありません。壁はGW付加断熱105mm 充填断熱105mm、屋根は吹込みGW400mm、床は基本元を壊さず施工しているのでXPS50mmの仕様。年間暖房需要は30kWh/㎡、UA値0.31W/m2Kは4地域のG2。

耐震補強も当然されています。 上部構造評点は0.69から1.57まで引き上げられたとのことで、これだけ日射取得大開口なのに耐震性能も上げられていて、総合力の高さを感じます。

感想

さすがにココまでやると工事費はかなりかかっているそうです。聞いた金額だととても賃貸では厳しいコストでした。

一方このプロジェクトは賃貸向けではなく所有者がリノベして住む事を念頭としたモデルルームですので、それなら解体して新築よりは明らかに安いですし、今は新築がどんどん高くなっているので今後はさらに差が開きそうです。

所有者ではなく土地建物を取得する場合では、ローコスト住宅ならもっと安くできる場合はあるかもしれませんが、中身、性能、暮らしの満足度が全然違うので僕なら断然この家に住みたいと感じました。

長野県の工務店の中で、設計力で頭一つも二つも抜けているアグリトライさんだけあって、さすがだなあという性能向上リノベーションでした。なんだか宣伝ぽくなってしまいましたが、作り手たちのアトリエの施工会社さんは別の会社ですし、一切利害関係はありません(笑)

リノベーションをするなら耐震性、断熱性、意匠も暮らしやすさも全部かなえたいですよね。すべて手に入れたいとなると、そういう仕事はどこでもできるわけではなく、県内かなりキャパシティ限られています。

今回は双方の情報交換であったり交流があって案内していただけました。基本的には顧客か真剣な見込み客以外見学はできないと思いますが、こういう仕事が広まって欲しいと思います。